ひき逃げは平和ボケの副産物なのか
大阪でひき逃げ事件があり、その後倒れた人を別の車が次々とひき逃げしたんだそうな
4台目の車が引いた後停止したところで、救急車が来てそれを見て運転手が走り去ったのだとか。 🙁
それがタクシーだったということで、さらに仰天!
人身事故を起こしてしまったという精神的衝撃って計り知れないものなのでしょうか?
とっさに人としてどのような行動を取らなければならないかの判断ができなかったということだから、人ごとではありません。
しかも、4人の運転手が立て続けに判断できなかったのだから……
テレビではコメンテーターが人として許せないという非難を浴びせていましたが、その通りです。
しかし、翻って自分だった場合どのような行動がとれたかということです。
常に意識していないと、自分の今置かれた状況を冷静に判断して適正な行動に移すのは困難だったということを物語っているのかもしれないのです。
そして、状況判断ができたからといって、正しく行動するために「それまで自身の築いてきたものや今日のこれからの予定を捨てる」ことが必要になるため、相当は勇気がいります。
それを一瞬のうちに判断行動できる意識を持って車の運転をしなければならないし、もっと広く車だけではなく日常生活も程度の差はあるにしても類似のリスクが存在していることも意識すべきです。
日常余りにも平和で、朝予定したことが大体は達成できる日本の社会が平和すぎてむしろ異常な社会なのかもしれないという意識も持っておくべきだと思うのですがね。