少しずつ時間は過ぎていく
・突然ですが、A婆が亡くなったそうです。
と言いましても、A婆ってだれ?
そうです、本ブログから名前が消えてどれくらいになりますでしょうか?
A婆とは、ずっと以前私がマンションの管理人をしていたときの、そこの住人で……
その前からも少し商店街で接触がありましたが、
管理人当時は昼飯を近くの大衆食堂に一緒に食べに行ったり、繋がりがありましてね。
グループホームに入所した後も、ときどき面会に行ってはいました。
その後、認知が進行してきたため遠縁の方が近くの介護施設に入れるからと引き取っていきましてね。
・それっきりとなっておりましたが……、旅立ってしまったようです。
A婆が以前居たグループホームから連絡を受けました。
話によると、一人散歩に出かけてしまい交通事故に巻き込まれたとのことでした。
それ以上の詳しいことは分かりませんが、1か月近く前のことだそうです。
そうか……、A婆はすでにこの世の人ではなくなってしまっていたのか……
私の知らないところで、少しずつしかも着実に時は流れていき、
そして知人の方々もその流れと共に旅立つ人も出てきますねえ。
ちょっと寂しい気もしますが、でも明日は我が身ということなのです。
いつ人生が終わるか分かりませんが、長さではありません。
どう終わるか、内容が問題ではないでしょうか?
極論を言ってしまえば、その瞬間さえ幸せだったらそれでいいのです。
終わり良ければすべて良しという、名言を思い出しました。
うーん、奥が深いなあ
A婆はどうだったのか……

認知になればそんな事すら分からなくなるのかも・・・・
認知症の父を見ていて、この方が幸せなのかもと思ったのを思い出します。