シニアのお気楽生活
・毎日同じように朝日が昇り、あれよあれよという間に夕方になり、一日が終わりますが、
細部では何かが異なるわけです。
でも、それがちっぽけなことならば記憶に残ることもなくすぐに忘れてしまう。
そして、一年過ぎ振り返ると無駄に時が経ってしまった、内容のない時間を過ごしてしまったと……
何か衝撃的な問題でも無い限り、いちいち記憶にとどめるのが面倒で忘れた方が楽なのです。
そして、それが度を過ぎれば呆けという現状に到達してしまう?
おそらく医学的には違うのでしょうが、大衆シニアの感覚としてはこんなものです。
・久しぶりに現れた菊田老人は、最近は家にこもることが多くなり、近所付き合いすらなくなっていたようです。
以前はご近所シニアの一員として飲み会に来られていましたが、
それも自分は元会社役員だったという優位性を誇示できる場面だったからでしょう。
そして、勝手に序列を作り、私をパシリとしか見ていないめんどくさい存在となっていたのです。
しかし、その実態は役員とはいっても家内工業的零細企業の家族皆役員状態の一人に過ぎなかった。
正体がばれてしまいますと、逆に恥をさらしたような気まずさだけが残りますから、
再び大きな顔で我々の前に姿を現すほどの度胸もなかったということなのでしょうね。
・人間風呂敷を広げ過ぎると、後で後悔してしまう典型例なのかもしれません。
でも、案外そのようなことは大なり小なり誰もがやってしまいがちです。
どうせ誰もわからないだろうと思い、
若い頃会社でこんなすごいことをやっていたんだとか……ついついしゃべってしまったりするのです。
すると、たまたま話を聞いた人の知人が自分がいた会社の内情に詳しい人だったりする。
あの人そんなすごい人じゃあなかったよねとか……
思わぬルートで虚偽の事実が判明してしまうのです。
そして、一度そのような嘘が判明すると、その界隈での信用は地に落ちてしまいます。
・もはや何を話そうが信用してくれません。
どうせこの話も嘘に決まっているとね。
世の中厳しいものです。
このようにして菊田老人の権勢は急速に萎んでいったのですが、人間落ち目になると虚しいものです。
ご近所シニアとの付き合いも減り、家にこもることも増えていったと推察しています。
でもねえ、案外彼以外ほとんど気にも留めていないのですがね。
逆に私のように何も誇ることのない人間はその点気楽なものです。

