シニアの飲み会は心の洗濯場所

・シニアになると現役時代のように頻繁に酒を飲む機会も少なくなりました。

そして、現役時代は会社のいやなことのはけ口や噂話などの情報収集にもってこいの場でもありました。

ところが、こういった類いの話は会社から離れてしまえばもうどうでもいいことになります。

でもあの頃の名残なのでしょうか……

酒を片手にそういった話をするときのわくわく感や、今この手にした情報を共有しているんだという仲間意識、

こういった仲間内の結束感みたいなものってある意味生きている上で力にもなっていたようです。

・しかし、シニア生活にはそのような場がほとんどありません。

毎日あまり起伏のない平和な日々でね。

まあそれもいいんだけど、なんか物足りない。

あの雑音のうるさい居酒屋で、顔をつきあわせて情報共有する真剣なまなざし……

あの頃は生きていたよなあ?

高齢者となり平和な日々になってしまうと、終電を気にしながら飲んでいたことがなぜか懐かしい。

逆に今は……その気になれば昼からでも飲めてしまうけれど、共有すべき情報もない。

まあ、憂さを晴らしたいだけでもありますがね。

でも具体的にどんな憂さなのか、よくわかりませんけど、そんなことはどうでもいい。

ちょっとした仲間が集まりあることないこと語り合う。

俺は一人じゃないんだと一瞬でも思うことができれば、しばらくは生きていける。

そんなところだろうか……

つまり、淀んで汚れた心をアルコールできれいにするような……心の洗濯です。

だから、爺さんに飲み会は必要です。

婆さんは女子会か……?

まあそれはいいとして、近所の爺さん連中から飲み会の誘いが来ましてね。

自称元役員の菊田さんです。

結局まだ飲み会は開いていなかったみたいで、幹事を他の人に押しつけたようです。

参加してみようかな。

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