会話に垣間見える他人の人生

・人が十人集まれば同じだけの人生がありましてね。

喫茶店でバイトしていると、つくづくそんなことを感じるわけです。

たとえば、常連客の中でひと組の高齢の夫婦連れがいらっしゃいましてね。

決まってランチ終了後の店がやや暇になり客が少なくなった頃にやって来ます。

平日はほぼ毎日で、婆さんの方は認知がかなり進んでいて体力も衰えているのでしょうか、

老人用のバギーを押しながらゆっくり現れます。

・そして、爺さんの方はけっこうな大柄で言葉遣いが江戸っ子でしてねえ。

ここは東京の生活圏ではありませんから、言葉のイントネーションですぐ土地の人ではないことが分かります。

注文は、決まってホットコーヒー2つと、ホットミルク1つ

爺さんの方がコーヒーとミルクを飲むわけです。

婆さんはすでに会話がままなりません。

ほぼ爺さんがしゃべり、言葉の端々に「後はとし子に任せたら良いがな!」、「ほんとにとし子はよくやってくれる」と……、

娘でしょうね、とし子賛辞の会話をじいさんが連発し、婆さんはうなずくわけです。

・恐らくは、とし子さんが歳取った両親を呼び寄せたんだろうと想像できるのですがね。

それが、ほぼ毎日同じ会話を繰り返し、とし子さんを褒めるのです。

そして、帰っていく。

とし子さんとは一体どんな人物なんだろうと、興味を覚えましたが……

少なくともそんな娘さんがいれば人生の終盤に至っても幸せに暮らせるんだと……

その他にも、いろいろ考えさせられることも多くてね。

でも、婆さんの認知の進行具合からすると、

この生活もいずれ近いうちに変化がもたらされるんだろうなあ。

その時、爺さんはどうするんだろうかとか……

いろいろ考えちゃいますよね。

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