性格の不一致の許容範囲

・性格が一致することは基本的にはないのです、そう思っています。

そう思っていないと、人生至る所で破綻してしまいますから。

たとえば、代表的な例をいえば夫婦間の性格の不一致です。

離婚原因の多くに上げられる理由に性格の不一致がありますがね。

歩んできた人生と育った環境が違いますから、基本的には不一致なのですが、

それを許せるかどうかということなのでしょうね。

我が家では、若いころ結婚当初は愛があればなんでも乗り越えられるなんて考えていましたが、

そのうち共同生活に慣れが出てくると遠慮しなくなる。

・育ちが違うわけですから、相手の癖や習慣で自分に合わない部分が目に突き出します。

更に進んで、目障りになり、けんかの引き金になってしまう。

内面的な部分の不一致はなかなか表面に出づらいですが、一度出てしまうと形がないものだから、

相手が納得したのかどうか分かりません。

つまり、どす黒い不満となって心の奥底に堆積していきましてね。

イライラしているときなど、それに触れる場面がありますと一気に加速度的に気持ちが沸騰し、

相手の気に障ることを指摘してしまうのです。

すると、相手も応戦してきますから、泥沼の戦いが始まってしまう。

若い頃はまだなんというか……

異性に対する欲望がまだありましたから、一晩寝ればそれなりの収まりが付いていたのですがね。

・歳取ってその方面でマンネリ状態化になりますと、元の鞘に戻る方策がなくなってきましてね。

なので、シニアになってからの夫婦間の戦いは厳しいものがあります。

でも、いろいろこれまでに相手の性格その他の行動を観察し続けてきましたから、

相手という人間が痛いほど分かっております。

それと、自分がこの先一人になってしまったときの状況をイメージした場合、

離婚してもそれでよしとするのかどうかという……覚めた計算。

ここは自分でも恐ろしく冷徹な判断になってしまうのですが、知らず知らずのうちにやってしまっているのです。

そして、その辺りからなんとなく相手の良さにも目を向け始め、

せっかく今まで二人でやって来たのだからと思い直すのです。

こんなこと、際限なく繰り返し今に至っているのですが、恐らく妻も似たようなこと私に対して繰り返しているのでしょうね。

夫婦とはそんなものだと思っています。

つまり、性格の不一致の許容範囲なんてよく分かりません。

もう駄目かと思った瞬間、そこに徳俵があって踏みとどまったなんてこと実際にありました。

性格の不一致の許容範囲” に対して2件のコメントがあります。

  1. Rockey より:

    徳俵は良いですね。
    我々はこの春で53年になりますが、今が一番うまく行っているように思えます。
    お互いへの思いやりもそうですが、家事も全て分担して負荷を公平にしています。
    後少ししか一緒に過ごせないという気持ちからなのかもしれませんが、残された時間を
    大切にしたいです。

    1. yoreyore より:

      理想的なご夫婦の生活に感銘を受けました。
      私たちはまだ心の修行が足りないようです。

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