平凡シニアの重要案件は平凡な場合が多い
・タイトルがよくわからないなあと思いながらそのままです。
つまりですねえ、現役時代は他社との契約などで発生するお金や影響が相当な規模に及びました。
そして、それに慣れっこになっていましてね。
これって下手すると、この会社吹っ飛ぶぞというような案件でも、
割と平気で処理を進めていたものです。
もちろんそこには経験と情報収集などから得た冷静な読みなどありました。
それに、場数を踏むことも重要な要素でもありましたしね。
・でも、現役を退き、シニアの隠居生活に入ってしまいますと、グッとスケールが小さくなっちゃいましてね。
そして、そのスケールに慣れてしまうわけです。
およそ隣近所のおじさんおばさんが日々を送る際に発生する平凡な問題が、
以前の会社の取引案件に相当するということです。
なので、それに慣らされちゃうとですね、少しだけスケールの大きな事案が発生すると、
それだけで右往左往し、いかにも小物感を醸し出してしまうのです。
それが自分でもなんとなくわかってしまうので、自己嫌悪の権現と化してしまう。
・たとえば……最近ではマンションの修繕に関して発生する費用なんかですね。
まだ決定もしていないのに、やたら想像を膨らませてしまう。
あるいは、入院中のご近所シニアの横田老人をいつ見舞いに行くかの調整とか……
そんなもの、暇な人たちが多いのだから適当に決めれば良いのに、いちいち調整をしてしまう。
さらには、最近働き始めたバイト先の喫茶店でも、どうでもいいレベルの問題にああだこうだと考えてしまう。
ふと気づくといかにも小物化しているのです。
もっとも、以前が大物だったわけではありませんから、小物の中の体質が変わってしまっている?
もっとゆったり自分というものを見つめながら、地に足が付いたような生活がしたいのですがね。
そんな毎日です。

