人生終わろうとする人とこれからの人
・ななちゃんは帰っていきました。
妻が夕方親友のクーちゃんのバイト先までななちゃんを送っていきました。
しばらく部屋で一人ぽつんとしていました。
うーん、可愛い!
だめだ、これでは……自分の立場というのもある。
ななちゃんは所詮妻の親友の同棲相手の連れ子という立場に過ぎません。
関係が遠すぎる。
それにしても、少しの時間を共にしただけなのになぜこうも引かれてしまうのだろうか?
老いて朽ちていく老人に一番欠けているものを持った人であることに違いありません。
・そう、老人には一番欠けている「今まさに明日に向かって大きくなろうとする勢い」です。
これが全身に感じられ、まだ何も人生経験を積んでいない無知ささえ魅力に思えてしまう。
この先自分次第で如何様にでも色づけできる人なのです。
それに比べ私はどうか……
真逆です。
いろいろ人生経験を積みすぎて性格はひん曲がり、
そして体は遙か前にピークを過ぎて朽ちているところであります。
その先はありません。
枯れ木同然の水分量の減少したこの体は、火をつければ一気に燃えて灰になるだけだ!
・そうだ! 日に日に焼き場への距離が近づいている。
そう実感する昨今ではありますが、でもであるからこそ人生終盤で若い勢いのある幼児に何かしてやれることがないのだろうか……
そう考えがちなのもわかりますがね。
でも、ここで冷静に考えなければなりません。
我々にしたって、日々余裕のある裕福な身分ではありません。
年金だけでは生計は成り立たず、バイトをしてなんとか凌いでいる身なのです。
部屋にはいざというときのために、好物にして飢えも凌げるチャルメラ他カップ麺が大量に備蓄され、
こんな一時の感傷に浸っている状況ではありません。
なんてことはわかっているのですがね……

幼子が可愛いというのは、人間に限ったことでは無いですよね。
イヌもネコもネズミさえも”仔”が付けば、皆可愛いです。
しかし、これは種の保存のための「神の配剤」では?
もし、仔イヌ、仔ネコ、仔ネズミが憎たらしい顔をしていたら?
ア、人間の幼児は別ね。
確かにそうですね。
生まれたばかりの生き物は大人とは違う何かがある。
幼子の可愛さは、弱く無防備な故の防御手段なのかも