シニアの行動パターンは単純だ
・これはあくまで私の一例としての話です。
盆休みを含む長期休暇となっている世間の状況に鑑みまして、
そうじゃない大衆シニアの私は日々如何にして過ごすべきか……
猛暑つづきでうんざりしておりましたが、突然九州地方を中心とした西日本で豪雨、
線状降水帯という文言が目から耳から飛び込んできます。
最近こんな極端な話が多くなりました、もっと中庸はないのでしょうかね。
・ないものは仕方がないのですが、そこに行くとシニアは中庸そのものなのかもしれません。
すでに体力はピークを過ぎ下り坂、連動して粘りとか集中力とかも……、
人間が何かをなす場合に必要な要素が日々削がれていっています。
となれば、シニアの行動が幹の部分が中心となりまして……、
つまりですねえやりたいことがあれば、それだけをやり他はしないとう行為です。
わかりやすくいうと、主目的に付随させついでに何かできないかという枝葉です。
たとえばスーパーに寄り、米がないので米を買う。
これで必要最低限の用事は済むのですが、ついでに今日は暑いから冷や奴食べたいなと思い購入、
それだけじゃあ寂しいから冷や奴にはネギも添えようとか、そんな枝葉の所まで気が回らない。
米だけ買って帰ってきてしまう、つまり遊びがないのです。
・すると、行動パターンが単純化され、必要最小限のことしかやらない。
省エネで疲れも少ないのですがね。
でもこれって危険ではないのか!
そう、遊びの部分がないので頭を余り使わない、これは痴呆につながるなあ……
もっとねちっこく粘った行動を取らないとまずいぞと思うのですが、なんとなく猛暑にやられもうこの辺でいいかなんてね。
年取るとこういうことが多くなるのです。
しかし、家に帰って寝る頃にはこれじゃあいけない、もっと生きてるうちにいろんなことしなければと思ってしまう。
頭はいろいろ考えるのだけど、体がもはやついて行かない状態なのかもしれません。

