シニアの腐れ縁、でも無いよりはまし?

・定年で会社を辞め、慣れない隣近所の付き合いに戸惑い……

そして、年月を重ねるごとにシニアはどう変化していくのか?

多くの友人は同年代の方々ですから、年々旅立たれる方も散見されるようになり、

かといって新たに自分よりも若い方が友人として加わるかと言えばそうでもない。

すると、さみしさもありましてね。

・今いる知人を減らしたくはなくなるのです。

いろいろ性格の不一致なんかありまして、余り付き合いたくは無いと思いながら、

付かず離れずで歳を重ねていく……いわゆる腐れ縁というところです。

そう、無いよりはまし?

そこなんですが、折々にトラブルはある。

が、けんか別れして最終的に一人になってしまった時を想像してしまう。

すると、誰も話し相手がいないし、毎日寂しいだろうなあ……

ここはけんかするのは我慢しておこうという、なんて忍耐力を発揮してしまう。

・近所の麻雀仲間もそうです。

下手な自称勝負師が集合して、子供のお遊びのような時間を費やする。

でも、これも付き合いだと……もうあんたらと麻雀はしないと言って席を立つことは簡単だけど、

その後の事を考えてしまう。

ここは一つ我慢して、シニア同士の憩いの場と見方を変えてみようと!

そんなものでしょうねえ、これ以上友人が増える当てもなく、逆に年々減っていく事を考えるならば。

でも、本当に友達はある程度数が必要なのか……

いや、それは余りに主体性を欠いているよねと気づくんだけど、やはり話し相手は無いよりあった方がいいってこと?

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