シニアにも五分の魂
・高齢社会の日本ですから、津々浦々どこを歩いていても爺婆はいるのです。
そして、そこでよく目の当たりにするのは、当てもなく(私にはそう見えます)座り込んで時間が過ぎていくのを待つ姿。
たとえばバス停のベンチに座っている爺さん。
てっきりバスが来るのを待っているのかと、横に座っていますとね、
バスが来ても乗らない。
危うく私が乗り遅れそうになりましてね。
じゃあ、なぜそこに座っているのか……、
聞いてみると、そこに椅子があったからだそうです。
・つまり、体力が衰え持久力がなくなってくるため、一気に家まで歩けない。
そういえば、うちの近くはバス停間の距離が比較的短く、乗ってもすぐに次のバス停に到着します。
でも、その短い距離でも乗ってすぐに降りる婆さんがいるのです。
これも老人の入り口に差し掛かった私には、まだ理解できない老人の実情なのかもしれません。
しかし、忘れてはいけないのはそんな風前の灯火の爺婆ですが、
彼らには膨大な時間を生き抜いてきたという事実がありましてね。
ということはものすごくいろんな事を経験してきた過去があるということなのです。
つまり、我々の知らない事をい知っている可能性がある。
侮ってはいけません。
住む場所も職種も違い、生きる環境が違って今に至っている。
たまたま今横に座っていますが、もし過去を可視化できればバックにはものすごい経験に裏打ちされた情報を持っているのです。
ということに気づきましてね。
先日、若者が爺さんが疲れてバス停で座っている横で、邪魔者扱いをする目をしていましたが……、
侮ってはいけません。
あんたはそれだけ生き抜くことができますかねえ。

