人それぞれの人生ですが
・朝パン屋に向かう道すがら、ときどきある老人に出くわすのです。
自転車に乗り、前後の荷台には新聞や空き缶その他袋物をのせ、
後ろには予備の小さい荷台のようなものをロープでくくりつけ引きずっている。
その荷台にもいろんなものが入ったレジ袋が一杯積まれている。
その老人は髪は伸び放題で、かなり着たきり感のある服装をし、
近距離になれば表現不能な臭気がこちらに押し寄せてくる。
端的に言えば、住所不定の方なのですがね。
この凍てつくような早朝に、道ばたで自転車に乗った状態で身動き一つせず、
じっとしている。
・いろんな人にいろんな人生はあるのです。
しかし、他人はすれ違いざま一瞬引きつった顔をこの老人に見せます。
その一瞬の表情には軽蔑と自分とは違う生き物だとか、いろんな感情が凝縮されているのです。
私はその老人がおそらくは拾った新聞を読んでいることに気付きました。
どんな記事を見ているのだろうか……ちょっとばかり興味を持ちましてね。
いつもより少し歩く軌道を老人側に近づけました。
すれ違いざま、新聞を確認したのですが……、日経新聞でした。
しかも、社説のような部分でね。
・パン屋に着くまでの間、そのことが頭を離れずいろんな思いが脳裏をかすめたのです。
人生いろいろ、老人にもいろんな紆余曲折があったのでしょうか。
でも、本能って奴もある、昔取った杵柄ともいえるかもしれませんが、
つい血が騒いで昔の生活の匂いを嗅いでみたくなる。
それは何なのか……ヒントが日経新聞にあったような気がしましてね。
もうやり直すには時間がないのかもしれませんが、
ひょっとすれば惜しい人物なのかも……