サラリーマン人生・うまくやれたのか?
リタイヤしもう現役に戻ることもないと実感した段階で、人というのは振り返りたくなるものでしょうね。
数十年にも及ぶサラリーマン人生は客観的に見てどうだったのか?
- 評価してみたくなるわけです
例えば、この分野で生きては来たけど能力はあったのだろうか?
あったとしても、十分に発揮できたのだろうか?
そもそも発揮できるような環境に恵まれていたのだろうか?
恵まれていなかったのであれば、どのように苦心してきたのか?
日々の実績は正当に評価され、長かったサラリーマン人生は充実したものだったのであろうか?
それとも、この分野における能力がなかったのであろうか?
だから、あまり評価されず出世も出来なかったのか‥‥
- でもねえ、考え出すといろいろ個々のケースが思い浮かんできまして‥‥
うまくいったこともあり、頑張ったけど全然ダメだったこともあるわけですね。
そういう例をいちいち挙げ出すと、いくらでも出てきまして思い出話で終わってしまいます。
日々実に泥臭い仕事の中にいたことを再認識するわけですね。
ひと言で言えば、個々のケースなんて小さなことに過ぎないのです。
- 入社時同期は200人以上いたけれど‥‥
退職時点で半分はすでにやめていまして、役員になった人は数名で‥‥
その数名が出世したというならば、彼らと私は何が違ったのか‥‥
でも、彼らのような人生を良しとして、自分自身をダメ人生と評価するのか‥‥
違うよね、それに満足度は個々の心の内にしかない!
得たものも違えば、犠牲にしたものも違うから、比較すべきものではない。
- ただ、性格だけは明らかに違う。
そもそも生まれた時点から性格だけは変わっていない。 🙁
例えば、気が小さく大胆なことが苦手な人間は、ここぞというところで萎縮する。
そこが、生まれながらの限界だ。
そして、ここ一番の勝負所で優劣が付きやすい、そう考えれば‥‥私のサラリーマン人生は最初からこの程度だと決まっていたことになる。
もう一度生まれ変わって、一からやり直しても同じだろう。
強いて言うなら分野を変えるしかない。
でも、人生は一度だけだから、これで精一杯だったということですね。
良くも悪くもないという評価にしておこう‥‥