髪は長い友だちだと知った日
50才過ぎまでは抜け毛なんて全く気にしていませんでした。
そのころ同僚の中には薄くなり始めた人がチラホラ散見されるようになり、妙な優越感に浸っていたのです。
- そして、その思いは絶対に俺はハゲないんだという信念のようなものに変わっていました。
おかしいですよね。
ハゲるハゲないが考えで決まるわけないのに‥‥
そして、60過ぎたある日鏡の前で‥‥頭頂部の地肌が地平線を見てるかのように見渡せる
ということはと、考えながら丹念に恐る恐るスマホで頭をぐるりと多角的に撮影してみました。
‥‥けっこう薄いね 😳
- どうすべきか‥‥
こうなってみて始めて育毛剤や養毛剤を買い求めている人々の気持ち、カツラのCMをよく見かける理由がわかったような気がしました。
それからというものどういう調え方をすれば薄い部分を目立たなく出来るのか、無意識のうちに鏡の前で奮闘している自分を発見するわけです。
しかし、それもですね‥‥一定期間過ぎますと、現実が心の中に定着してくるわけです。
今自分がどのような状態にあるのか、そして人から見て自分がどう見えているのかということですね。 😐
そして、それは老化の一形態にすぎず、しかも逆戻りは出来ないということを理解する
さらに毛が薄くなるということは恥じることでもないということを自分自身と確認し合うのです。
そのころから別にどうでもいいことの一つになりました。