慢性老人性という病名の持つ哀愁

若いころは転んで擦りむこうが、風邪を引いて発熱しようが治るんだという強い思いがありました。そして、当たり前のように治っていたのです。

しかし、歳とともにそういった内なるエネルギーみたいなものが少なくなってきまして‥‥

  • リタイヤという節目を迎えるころには、シミやらイボやらが肌の随所に見られ、血圧も高いし、血糖値も尿酸値も‥‥ぼろぼろ

医者はこれは老人性の‥‥、これは慢性の‥‥と一応病名を付けるのですが、

慢性老人性なんちゃらとはいかなるものなのかというと必ずしも明確に頭に入っては来ませんねえ

いろいろ話を聞いていますと、結局老化という根源的な部分に源があるために、表面的な対応しかできないということが見えてきます。

つまり、それはですねえ‥‥死に至る道程であって今まさに途中を歩いているわけですね 🙁

長年乗ってきた中古車を修理しているようなものなんですよ

なので、いくら修理しても新車になるわけではない

だましだましなんです

徐々に錆び付いてきていずれ動かなくなるまで、その場しのぎの修理でして‥‥

そう悟ったときはむなしいものです

医者もしばらく様子見ましょうよ、と言います。

次いつ来いとまでは言いませんね

たぶんそこはあうんの呼吸でわかるよねえと言ってるわけですね

でも、みんなこの道を通っていったんですよ

その先には‥‥決して明るい未来はないのですがね

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